2025.03.09 (日)   K2Couple No.0844

太田金山
おおたかなやま(群馬県)
239m
おいちゃん未踏の群百、歴史探訪

コース最大標高差 : 170
コース累積標高差(+) : 270
コース累積標高差(-) : 270
コース沿面距離 : 4.2 km
行動時間 : 4'10"
* 距離と累積標高差は GARMIN GPS data です  難攻不落で知られた日本百名城
  8:20 = 9:20 金龍寺南市営p
 金龍寺南市営p 9:40 ... 10:45 東屋 11:00 ... 11:10 展望台p11:20 ... 11:40 物見台 11:45 ... 12:00 南曲輪休憩所 【L】 12:30 ...
 12:35 太田金山(新田神社)12:45 ... 13:15 史跡金山城跡ガイダンス施設 13:35 ... 13:50 金龍寺南市営p

 金龍寺南市営p13:55 = 親水広場 14:40 伊勢崎みらい公園 15:00 = 15:30


     太田金山の場所
 この地図は、国土地理院発行の地形図を使用したものである (経緯度線は20秒間隔)


                        ▲ 薮の中に群生していた春の妖精セリバオウレン


 群百のひとつに数えられる太田金山、はらっぱは初孫を連れて17年前に登っているが
【REPO】、おいちゃんは未踏です。
 きょうは天気が良いし、セリバオウレンに会いに行きたいと思っておいちゃんを誘ってみる。
 おいちゃんにとっては、最近は死語になっている 「百名山」 の初物なので、速攻決まった。

 金山城は戦国時代の関東七名城のひとつであり、何よりも日本百名城だしね
 百名山+百名城 = 二百・・・ (^^


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 金龍寺前の市営駐車場は、隣にトイレも併設されているのでありがたい。
 ところが里山の宿命、道がいっぱいありすぎて何処から歩き出したらいいんだろうか
 通りがかりの山姿おじ様に声掛けして、様子を伺ってみると。
 いろいろ教えてもらった割には、道と同じように説明もややこしく、何だか分かったような分からなかったような
 結局勢いで、金龍寺墓地の下の細いマイナーな道に入っていた

金龍寺  出典:太田市教育委員会 「史跡 金山城跡」
金山城大手の山麓にある曹洞宗寺院。 寺号は大田山義貞院金龍寺。
金山城主横瀬・由良氏の菩提寺で、本堂内には新田義貞木像、本堂裏手には、由良氏五輪塔及び新田義貞公供養塔(市重文)があります。
金龍寺は天正18年(1590)由良氏の常陸国牛久移封とともに同地に移転しましたが、慶長年間、この地を領した藩主榊原氏により再興されました。


 金龍寺南市営駐車場(30台)       ▲ 金龍寺墓所下の狭い脇道を歩いて
 小ざっぱりした東屋が出てきてウロウロする          ▲ そこに咲いていたハナダイコン
 マキノスミレ           紅白の梅が咲き揃い、めでたい出だし
 丸太の土留め階段が続く                ▲ アセビ

 里山にしては、丁寧に階段が整備されていて。
 登山道と言うよりは観光道路の感あり。
 はらっぱペースでゆるゆる登る。

 眺望が期待できそうな東屋があったけど。
 春霞ちっくな市街地が見えるだけで。
 遠景は白々として何も見えない
 ドリンク休憩して、残りの階段を見上げる (^^;
 西城尾根直下の東屋       ▲ 最後の最後まで木製ステップ攻めかい
 しごかれました                ▲ 紅白のツバキ
 県道金山城趾線の終点にモータープール(トイレ付き)      ▲ トイレ棟屋上の展望台から市街地を俯瞰
 ここから城跡エリアに入る          ▲ 金山はゴツゴツ岩山なんだね
 岩盤を削って作られた堀切が幾重にも           ▲ 不落の城 新田金山城
▲ いよいよ現れる虎口             ▲ 石積みの堅い守り
 敵の動きを見張る物見台    ▲ 浅間山にうっとりしていては見張り番にならない
                                   ▲ 榛名山
                        ▲ 戦国時代の武将も眺めたであろう赤城山
 春先の定番オオイヌノフグリ       ▲ 大手虎口の脇にあった月の池に鯉かな

ここまで堀切や虎口の連続だったが、いよいよ金山城の本丸が近い。
さすがに大手虎口は規模が大きく、石段の段差も桁違いです。
堅牢な防御システムは不落城のシンボルでもある。

はらっぱは側壁を頼りに登っている。
おいちゃんの手を借りて、エッチラオッチラ不落城を攻める (^^
年配のおばちゃんは側溝に下りて、照れ笑いしながらスロープを攻略

 城の中枢部を防御する大手虎口   ▲ ここを突破しなければ本丸(実城)は攻略できない
 南曲輪休憩所から両神山           ▲ 休憩所前の公衆トイレ


 多くの曲輪や大手虎口を経て、時は正午、南曲輪に達する。
 若干風が出てきた。
 休憩所の軒下ベンチで風を避けて、カップラーメン休憩にしましょう。

 両神山がぼんやり見える。
 立派な建物は何を隠そうトイレ棟だった。
 小腹を満たして白い鳥居を見上げ、石段を上がって金山城跡地に建つ新田神社へ。
 最後の石段には、はらっぱさん用に特設スロープが設置されていた (^^


 勝利を祝った日の池(三ノ丸下)             ▲ 新田神社鳥居
                         ▲ 鳥居を潜って金山城本丸跡に新田神社

金山城の歴史  出典:太田市教育委員会 「史跡 金山城跡」
金山城は、文明元年(1469)に新田一族の岩松家純によって築城され、下剋上によって城主となった由良氏の時代に全盛を迎えます。
上杉謙信や武田勝頼などの有力戦国大名から十数回に及ぶ攻撃を受けますが、金山城は一度も落城することなく、その堅固さを誇りました。
しかし、小田原北条氏の謀略に落ちて支配下となっていた天正18年(1590)、豊臣秀吉の北条氏征伐により金山城は廃城となりました。

新田神社  出典:太田市教育委員会 「史跡 金山城跡」
明治8年(1875)金山山頂の金山城本丸跡に地元有志の出願により創建。
郷土が生んだ鎌倉幕府討幕の立役者、新田義貞を祀る。


 新田神社を参拝して、隣の御嶽神社もおまけ参拝 (^^;
 その後は周回ルートをとり、県道金山城趾線を三度クロスしてガイダンス施設に下りる。
 このルートはそこそこ急な山道で、殆ど人に会うことはなかった。

 隣接する御嶽神社      ▲ マキノスミレ            ヘビイチゴ            タチツボスミレ
 お参りを済ませれば あとは下るだけ     ▲ 太田市立 「史跡金山城跡ガイダンス施設」
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 伊勢崎みらい公園の河津桜